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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)597号 判決 1986年2月28日

原告

新井隆雄

ほか一名

被告

丸正交通有限会社

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告新井隆雄に対し、一〇八一万八一八四円、原告新井夕起子に対し、九四二万六〇五〇円及びこれらに対する昭和五八年五月一三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年五月一三日午後一一時一分ころ

(二) 場所 千葉県松戸市新松戸五丁目一二五番地先交差点内路上(以下「本件交差点」あるいは「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(習志野五五い八七六一)

(四) 右運転者 被告森田康三(以下「被告森田」という。)

(五) 被害車 自動二輪車(足立せ一七九九)

(六) 右運転者 新井立朗(以下「亡立朗」という。)

(七) 事故の態様 亡立朗は、被害車を運転して、本件交差点に進入したところ、被害車の左側方から進入してきた加害車が衝突し、亡立朗は昭和五八年五月一四日午前零時九分、新松戸中央病院で全身打撲による心不全で死亡した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告森田は、加害車を運転し、本件交差点に差しかかつた際、進路前方の見通しが悪く、自車の対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、これを無視して漫然と時速七〇キロメートルの高速で、本件交差点内に進入した過失により本件事故を発生させた。したがつて、民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告丸正交通有限会社(以下「被告会社」という。)は、加害車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

亡立朗及び原告らは、以下のとおりの損害を被つた。

(一) 亡立朗の逸失利益 一六三五万二一〇〇円

亡立朗は、死亡当時昭和四〇年一〇月三一日生まれの満一七歳で、群馬県伊勢崎市八斗町所在の日本蕎麦店「信濃屋」(新井ちよ経営)に店員として勤務しており、同店から月額一五万円の収入を得ていたものであり、亡立朗が本件事故にあわなければ、六七歳までの四九年間は事故当時を下らない収入を得られたはずであり、亡立朗の生活費控除率は五〇パーセントとするのが相当であるから、年五分の割合による中間利息控除をライプニツツ式計算法で行い、同人の逸失利益を次のとおりの計算式により一六三五万二一〇〇円と算出した。

(計算式)

一五万円×一二×(一-〇・五)×一八・一六九=一六三五万二一〇〇円

(二) 相続

亡立朗は、右損害賠償請求権を有するところ、原告新井隆雄(以下「原告隆雄」という。)及び原告新井夕起子(以下「原告夕起子」という。)は、亡立朗の両親であり相続人であるから、同人から右損害賠償請求権を各二分の一ずつ(一人当たり八一七万六〇五〇円)相続した。

(三) 葬儀関係費 一三九万二一三四円

原告隆雄は、亡立朗の葬儀関係費として右金額を支出し、同額の損害を受けた。

(四) 治療費 一二万三〇三〇円

原告隆雄は、亡立朗の治療費として右金額を支出し、同額の損害を受けた。

(五) 慰藉料 各八〇〇万円

亡立朗の死亡によつて原告らが受けた精神的苦痛を慰藉するためには、それぞれ右記金額(合計一六〇〇万円)が相当である。

小計 原告隆雄 一七六九万一二一四円

原告夕起子 一六一七万六〇五〇円

(六) 損害のてん補

原告らは、自動車損害賠償責任保険((以下「自賠責保険」という。)から一四〇〇万円の支払を受け、これを各七〇〇万円ずつ自己の損害に充当し、原告隆雄は、自賠責保険から前記治療費一二万三〇三〇円の支払を受けた。

(七) 弁護士費用 各二五万円

原告らは、被告らに右損害の賠償請求をするため、原告ら訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼し、着手金として各二五万円(合計五〇万円)ずつ支払い、成功報酬として一割を支払う契約をしている。

(八) 合計 原告隆雄 一〇八一万八一八四円

原告夕起子 九四二万六〇五〇円

4  結論

よつて、被告ら各自に対し、原告隆雄は、右損害金一〇八一万八一八四円、原告夕起子は、九四二万六〇五〇円及びこれらに対する本件事故の日である昭和五八年五月一三日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2  同2(責任原因)の事実中、被告森田の過失は否認し、被告会社が加害車の運行供用者であることは認める。

3  同3(損害)の事実中、(二)(4)すなわち、原告らは、自賠責保険から一四〇〇万円の支払を受け、これを各七〇〇万円ずつ自己の損害に充当し、原告隆雄は、自賠責保険から前記治療費一二万三〇三〇円の支払を受けたこと及び(二)(5)のうち、原告らは、原告ら訴訟代理人らに対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことは認め、その余は知らない。

三  抗弁

1  免責(被告会社)

本件事故は、亡立朗が被害車を運転し、本件事故発生直前、被害車進行方向の対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、これを無視して本件交差点に進入した重大な過失により惹起されたものであり、被告森田は、加害車を運転して、対面信号が青色を表示していたので、これにしたがい本件交差点に進入したところ、赤信号を無視して本件交差点に進入してきた被害車に衝突されたものであり、加害車が制限速度を遵守して走行し、被害車を発見して、直ちに急制動の措置をとつたとしても衝突地点までに停止することはできず、本件事故は回避できなかつたものであり、同人には何らの過失もない。また、被告会社は運行に関し注意を怠らず、加害車には構造上の欠陥、機能障害はなかつたから、被告会社は、自賠法三条但書により免責される。

2  過失相殺(被告ら)

仮に、被告森田に若干の過失が認められるとしても、本件事故は、亡立朗が、自車の対面信号が赤色を表示していたにもかかわらず、これを無視し、無灯火、ヘルメツト無しで、しかも時速六〇キロメートル以上の高速で本件交差点に進入した重大な過失により惹起されたものであり、大幅な過失相殺をすべきである。そして、原告らは、前記のように、自賠責保険から一四〇〇万円の支払を受け、これを各七〇〇万円ずつ自己の損害に充当し、原告隆雄は、自賠責保険から右の他一二万三〇三〇円の支払を受けたものであるから、既に損害全額のてん補を受けたものであり、原告らの被告に対する請求は理由がない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも争う。前記のように、被告森田は、加害車を運転し、本件交差点に差しかかつた際、自車の対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、これを無視して、高速度で本件交差点に進入したものであり、また、加害車が制限速度を遵守していれば、両車は衝突地点で遭遇せず、本件事故は発生しなかつたものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがなく、同2(責任原因)の事実中、被告会社が加害車の運行供用者であることも当事者間に争いがない。

二  被告森田の過失の有無並びに抗弁事実(免責及び過失相殺)について判断する。

1(一)  被告森田の過失の有無並びに抗弁1(被告会社の免責)の事実について判断する。

成立に争いのない甲五号証の一、乙一号証から三号証まで、本件事故現場の写真であることは当事者間に争いがない甲五号証の二から二一まで、乙七号証、証人高橋義武、同鎌田千代士の各証言及び被告森田本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。

本件事故現場道路は、松戸市七衛門新田方面から松戸市幸谷方面に通じる歩車道の区別のある道路(以下「甲道路」という。)と、松戸市西馬橋方面から流山市方面に通じる歩車道の区別のある道路(以下「乙道路」という。)が交差している交差点である。

甲道路の本件交差点の松戸市七衛門新田側は、車道幅員九・〇メートルの片側一車線であり、松戸市幸谷側は車道幅員一四・五メートルで(中央の幅員一・五メートルの植え込みを含む。)やはり片側一車線である。乙道路の本件交差点の松戸市西馬橋側は、車道幅員二〇・三メートル(中央の幅員八・七メートルの植え込みを含む。)の片側一車線であり、流山市側もほぼ同様の状況である。本件交差点付近は、甲道路、乙道路とも直線で見通しは良く、路面は、アスフアルト舗装がされており、平坦で、本件事故当時は乾燥し、照明のために明るかつた。

甲道路は、制限速度時速三〇キロメートルに規制されており、乙道路は、やはり、制限速度三〇キロメートルに規制されている。本件交差点には信号機が設置されており、これにより交通整理が行われている。信号秒時は、松戸市七衛門新田方面から松戸市幸谷方面へは青色二八秒、黄色四秒、全赤二秒、赤色二八秒であり、松戸市西馬橋方面から流山市方面へは青色二二秒、黄色四秒、全赤二秒、赤色三四秒である。被告森田は、加害車を運転して、甲道路を松戸市七衛門新田方面から松戸市幸谷方面に向け時速六〇キロメートルの速度で進行し、本件交差点手前で、対面信号を確認したところ青色を表示していたので、これにしたがい本件交差点に進入したが、別紙図面<2>点(以下、別紙図面上の点を指示するときは、単に符号のみで示す。)で本件交差点を松戸市西馬橋方面(加害車の右方)から進入、接近してくる被害車をA点に発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、X点において加害車の右側面部分に被害車を衝突させた。<2>点とX点間の距離は一五・八メートル、A点とX点間の距離は一〇・六メートルであり、加害車の急制動の際のスリツプ痕が、左側一六・八メートル、右側一六・〇メートル、X点の付近に印象されている(別紙図面参照)。

加害車は、右側面を中心として破損しており、右側前後ドアは破損により開閉不能であり、右側屋根に設置されているフラツシヤーランプには毛髪が付着していた。被害車は、左側ハンドル付近の破損がひどく、前輪車軸は右に曲損しており、大破の状態であつた。

以上の事実が認められ、証人三谷茂己の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できず、原告隆雄本人の供述中右認定に反する部分は、推測に基づくものであり、事故の態様の認識自体が客観的証拠と異なつており措信できず、他に右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。

原告らは、被告森田は、自車の進路前方の見通しが悪く、対面信号が赤色を表示しているにもかかわらず、これを無視して漫然と時速七〇キロメートルもの高速度で、本件交差点内に進入した過失がある旨主張し、証人三谷茂己の供述中、加害者の速度が時速一〇〇キロメートルであつた旨の部分があるが、前記のように措信できず、右の他これを認めるに足りる的確な証拠はない。

(二)  信号機により交通整理が行われている交差点に青信号にしたがつて進入した加害車の運転者の被告森田としては、特別の事情がなければ、交差する道路から赤信号を無視して交差点に進入してくる車両はないとの前提で運転しても差し支えないものである。しかし、このような原則も絶対的なものではなく、青信号にしたがつて交差点を通過する車両の運転手においても、制限速度を遵守して安全に走行すべき注意義務を負うのは当然であり、この注意義務を免れるものではない。しかるに、被告森田は、制限速度が時速三〇キロメートルに指定されている甲道路を六〇キロメートルもの高速度で進行し、本件交差点に進入したもので、制限速度の二倍もの高速度であり、通常期待される運行とはかけ離れた危険な運行をしていたものであり、右の運行態様で走行中に本件事故を発生させたのであるから、被告森田が制限速度あるいは社会通念上許容しうる制限速度に準ずる速度で加害車を運転していても、被害車との衝突を避けることができなかつたという特別の事情があるのでなければ、安全運転上の注意義務違反の過失を免れないものというべきである。しかし、前記の事故態様からみると、加害車が制限速度あるいは社会通念上許容しうる制限速度に準ずる速度で本件交差点に進入し、被害車を発見して、直ちに急制動の措置をとつたとしたら、衝突地点までに停止することはできなかつたとしても、転把の措置をとるなどの方法で、本件事故を回避できなかつたとまではいえず、そのことにつき、被告森田の制限速度違反の過失が影響していないとはいえない。したがつて、被告森田には過失があるので、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

そして、被告森田には過失があるのであるから、被告森田の無過失を前提とする被告会社の免責の抗弁は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

2  抗弁2(過失相殺)の事実について判断する。

証人高橋義武及び被告森田は、亡立朗は、無灯火、ヘルメツト無しで、被害車を運転し、時速六〇キロメートル以上の高速で本件交差点に進入した旨供述するが、右速度の点の供述は、前記の、被告森田の被害車を発見したときの加害車の位置とそのときの被害車の位置及び衝突地点との位置関係からみて、そのような高速度であるとはいえず、無灯火の点の供述は、当裁判所の心証を惹かないところ、他に右事実を証明するに足りる証拠はない。本件事故発生時、亡立朗がヘルメツトを着用していなかつた点は認めることができるが、その死因(全身打撲による心不全)に照らすと、必ずしも直接的に死に影響を与えたものとはいえない。前記認定の事実に右事実を総合して、本件事故発生についての亡立朗と被告森田の過失割合を判断するに、本件事故の発生についての過失割合は、亡立朗が八、被告森田が二とするのが相当である。

三  原告らの損害について判断する。

原告らの総損害は、その主張によれば、原告隆雄につき一七六九万一二一四円、原告夕起子につき一六一七万六〇五〇円である(いずれも弁護士費用を除く。)。そうすると、仮にその全額が損害額と認められるとしても、八割の過失相殺により、被告らの責任を負うべき額は、右の二割の額であり、原告隆雄につき三五三万八二四二円(円未満切捨て)、原告夕起子につき三二三万五二一〇円である。

ところで、原告隆雄が七一二万三〇三〇円、原告夕起子が七〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、原告らの損害はすべててん補ずみである。。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らは、前記損害金(弁護士費用を除く。)及びそれを前提とする本件訴訟追行のための弁護士費用を被告らに請求することはできないものといわなければならない。

四  以上のとおり、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

別紙図面

<省略>

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